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『百合星人ナオコサン』 視線の交錯

いっぱいいっぱいの落渕です。

神よ何故私はこれ程に愚かなのか。
言ってみただけです。


百合星人ナオコサン 1 (電撃コミックス EX 98-2)百合星人ナオコサン 1 (電撃コミックス EX 98-2)
(2007/02)
kashmir

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最近ようやく1巻を買ったので取り上げます。2巻だけ先に読んでたけど1巻は売ってる店があまりなくて。

オタ系ナンセンスギャグ、という分類でいいんでしょうか。ドラえもんスタイルで、何故か家に居着いてしまった百合星人のナオコサンと、みすず他、戸隠家の面々が色々やります。こんな説明に意味があるのだろうか。
月イチ連載が20話分だから、1冊で2年弱の時間が経過してますなぁ…。
百合星人とか言いつつ、ナオコサンが幼女ネタメイン(+一般下ネタ)なのが気になります。この人百合星人じゃないのかも。

…とダラダラ書いてもしょうがない。ポイントを2点。

1. みすずの会話だけ吹き出しを使っていない。なんで?
2. ナオコサンってどういう存在?

あと、キーワードは視線?でしょうか。


1番。何ででしょうか…。最初は、実は声が出せない設定とかなのでは、と思ったりしましたが、どうみてもそんなことはないようで。もの静かなキャラを表現するため、という解釈はまずはありますが。
みすずの台詞が「地の文」っぽくなっているので、作中の世界がみすずの主観的な世界なのでは、といった印象も受けます。第9話がそれっぽいかも。

2番。読者から見て、という意味で、です。
戸隠家に入り込んでいて、オタネタ、幼女ネタ、下ネタを撒き散らし、宇宙的ツールで神的な力を発揮する、…のが許されるのは宇宙人で、見た目がまあ普通の女性に見えるから…みたいな感じなわけです。
男性オタ読者を想定すれば、ナオコサンは都合のよい自己投影対象かもしれないし、あるいは、その都合のよすぎるところが読者の自己投影意識の戯画化になっているのかもしれません。

冷静に考えると自己投影対象にはなり得無いかもですが…。読者的なオタ・変態でありながら、読者に対して諧謔的である、という二重写し的な存在ではあるのですよね。
この二重性と、みすずの姉の奈緒子と百合星人ナオコサンとの、物語中のキャラ設定の二重性とがどう対応しているのか…。うーむ。


と、まあこんな感じでして、視線、という話になります。
・読者はナオコサンとしてみすずを見ている(ハズ)
・みすずは作中でナオコサンを見ている(奈緒子とナオコサンの二重性、ナオコサンと読者の二重性)
 → 読者はみすずに見られている?
・描かれる作中世界はみすずの主観視点的なものかもしれない?
 → 読者はみすずに世界を見せられている?

…とまあね。考えすぎっぽいですが、フレーバー的にはこんな見方もあってもいいかも。
作中世界にナオコサンのポスターが貼られていて、みすずがそれを見ている、という絵が何度か出てくるのですが、この視線の交錯感はビビッとくるものがあります。


あいーあいー

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落渕
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