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『新幹線と私』 第二話

 ハンカチを咥えたまま手をバシャバシャやっていると、ホームから発車を知らせるベルが聞こえてきた。私は少し慌てて濡れた手を拭い、自分の座席に戻るためデッキを足早に通り抜ける。

 ふと、視界に人影を感じて立ち止まった。

 見ると、今まさに閉まったばかりの乗降口の小さな窓に貼りつくようにして、中年男性が一人、外の風景を眺めていた。――いや、風景というよりも、ホームに居る誰かを目で追っていると言ったほうが正確かもしれない。列車が加速していくに従って後ろに流されていく博多駅の姿を追い続ける、うだつの上がらない感じの男性。

「……?」

 誰か見送りにでも来ているのだろうか。ほんの少し気になって窓に視線を向けるが、彼自身が邪魔になってよく見えない。すぐに私は興味を失い、大阪までの旅路を自分の座席でゆったりと過ごすという当初のプランに戻ることにした。

 席に着いて、改めて周りを見渡した。乗車率は6割といったところか。着ていたコートを窓脇のフックにかけると、ポケットをまさぐってポータブルプレイヤーを取り出す。イヤホンを着けるとお気に入りの曲を呼び出した。ザ・ビートルズの「Long and Winding Road」。友人には若いくせに趣味がおじさん臭いと言われることもあるが、私は気にしないことにしている。ゆったりとしたメロディが流れだし、私を静かな眠りの世界へと誘った。


  君の扉へと続く
  長く曲がりくねった道
  それは決して消えることなく
  たびたび現われては
  この場所へ僕を連れ戻す
  どうか君の扉へと導いてくれ……


 ぐん、という僅かな抵抗を感じて、窓の外を暗黒が覆った。……何のことはない。トンネルだ。博多から小倉、そして関門海峡を越えた先の新下関までは比較的トンネルが多い。どうせ車窓の眺めをゆっくり味わう事はできないのだから、このまましばらく眠ってしまおう。

「お休みのところ、失礼いたします。乗車券、特急券を拝見いたします」

 その声が自分に対して掛けられてものだと、しばらく気付けずにいた。顔を上げると、私の顔を覗き込んでいた若い車掌と目が合う。まどろみを邪魔された不快感が表情に出ないようにしながら、私はチケットを渡した。彼はチケットを確認すると、ありがとうございます、とお決まりの返答をしてチケットを返して寄越す。

「よい旅を」

 最後に車掌はそう口にした。それを待っていたかのように列車はトンネルを抜け、視界に鮮やかな景色が広がった。

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秋人

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