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『新幹線と私』 第九話

「まもなく新大阪、新大阪です。
 お忘れ物、落とし物がございませんよう、
 お手回り品を今一度ご確認ください」

目的地が車内放送で流れ、意識が覚醒する。
自分が眠りこけていたことに気づくには
さらに瞬き数回分の時間を必要とした。

変な夢を見ていた気がする。
何かのおとぎ話のような、神話のような。
はかない恋物語のような、
でも最後にはすべてが闇に溶かされてしまうような、
そんな物語。

自分にそんな乙女のような感性が
幾許かでも残っていたことは不思議だった。
そんな気持ちは、
あの日のあの場所にすべて置いてきたつもりだったけど……。

隣の席は空席だった。
博多から乗って、結局ずっと空席のままだった。

ふと、学生時代の風景が脳裏に浮かんだ。
そのころも私の隣は、やはり空席だった。

新幹線は新大阪駅のホームに滑りこみ、
僅かな揺れと共に停止した。
私は席をもう一度振り返って忘れ物がないことを確認し、
車輌を出る。

入れ替わりに新しい乗客が乗り込んでいく。

この便はこのまま東京に向かう。
私のようにここで降りる客もいれば、
このまま乗り続ける客、
ここから乗ってくる客もいるだろう。

それぞれの人生にそれぞれの旅路。
何かを象徴しているようで、
しかし、
それはそのまま言葉通りの意味でしかないとも思う。

途中で買ったコーヒーの空き缶を捨てようと
コートのポケットをまさぐった。
その時、空き缶以外に手に触れるものがあった。

それは小さな可愛らしいコインケース。
自分のものではないチケットが覗いていた。

無意識に、チケットを手に取る。

右下に小さく、「カズ」と走り書きがしてあった。

「あ、それ、オレのです。すんません」

背後から急に声を掛けられて、
私はびっくりして振り向いた。

声の主は私の挙動を無視してしゃがみ込み、
コインケースを拾い上げる。
そしてそれを私に差し出した。

「こっちはあなたのですよね? どうぞ」
「あ、はぁ……」

まるでそうするのが当然のように
彼からコインケースを受け取り、
同時にチケットを彼に渡す。

「ありがとう。ここまで届けてくれたんですね」
「いや、私は……」
「これがないと、電車に乗れないところでした。
 いや、助かった」

発車を知らせるベルが、ホームに鳴り響く。

「あ、もう行かないと。それじゃオレはこれで」
「ま、待って! そのチケット……」

青年は新幹線のデッキに飛び込むと
こちらを振り返った。

妙に人懐っこい、
見るものを安心させる表情だった。

「ああ。
 もうあなたは大丈夫ですよ。
 ちゃんと役目を果たしたから」

すぐにドアが締まり、
私は彼に問い掛ける機会を永遠に失った。

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秋人

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