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『新幹線と私』 第六話

私のコインケースを先輩が拾った瞬間、視界が黒い靄に包まれた。
漆黒に染まった世界の中で、私に届くのはあの男の声だけ。

「いやはや、前代未聞ですね。『候補者』がこんな形で『あれ』を失うのは。あと一歩というところだったのに」

さんざんに聞き飽きた、厭味ったらしい声。

「ですが、どんな理由であれ『あれ』を失った者は次に必ず同じことを言うのですよ。もう一度だけチャンスをくれ、次はうまくやってみせると」

あの男が唇の端を歪めているのが眼に浮かぶようだ。

「そう、あなたがたはいつも同じです。そして私の返答もいつも同じ。『候補者』に与えられるチャンスは一度だけ。それを失った者は、選ばれなかった世界と共に消え去るのみ」

いまきっとあの男は、天を抱くように大仰に腕を広げているに違いない。

「あなたがた人間を、だから私は----」

「私は、チャンスを無駄にしていない」

「……は?」

鬱陶しい演説を私が遮ると、あの男が止まった……と思う。ささやかな復讐だ。

「先輩に『あれ』を渡せた。それは奇跡みたいな偶然よ。私は消えても、先輩はあの世界に残ることができる。それは素敵なことだわ」

決して貫けない暗闇の中で、あの男が後ずさったのが分かる。

「わざと……わざと、『あれ』を渡したというのですか!? ただ、かつて愛していたというだけの理由で」

「ええ」

そう、私は後悔していない。これが私の愛。これが私の贖罪。

「分かっているのですか、あなたは!? これは死ではない、抹消だ。あなたの存在だけではなく、あなたが存在したという事実自体が世界から消える。たとえ彼女が最後まで残ったところで、彼女の記憶からあなたは消える。それでもあなたはっ」

声が途切れた。だが今度は、あの男が止まったわけじゃない。
止まったのは私。
私の、存在。

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ラナクター

『新幹線と私』 第五話

 再会の喜びをひとしきり噛み締めた後、由香はようやく私から体を離した。

 高校卒業以来、彼女とは会っていなかった。何年ぶりになるのだろうか。最初の驚きと興奮が過ぎ去ると、後はただ濃密な過去が私の頭のあたりにまとわり付くようだった。

 かつて、私は彼女を愛していた。そして、私は彼女を憎んでいた。

「ごめんなさいっ、つい興奮しちゃって……」
「いや……私も同じだよ。こんなところで会うなんて」
「なんか、先輩……」
「ん?」

 彼女は、一瞬迷ったように言いよどむ。

「どうしてそんなカッコを?」

 相変わらずだ、この娘は昔からこうなのだ。歯に衣を着せないとはよく言った。

 ここで身の上話をする気にはなれなかったので、折よく彼女の携帯から着信メロディが流れだしたとき、私は正直ほっとしていた。

「あ、ごめんなさい」

 由香は少し慌てて席を立つ。その拍子に彼女のバッグから何かが私の足元に落ちた。パステルカラーに小さく花柄のあしらわれた、やや子どもっぽい、可愛らしいコインケース。新幹線のチケットがちらりと覗いている。

 私は反射的にそれを拾い上げた。

 その瞬間、視界が黒いもやのようなもので覆われた気がして、慌てて頭を振った。そのもやは呼吸をしていた。鼓動が聞こえる。訳もわからず全身の産毛がぞっと逆立った。

 不意に頭上から声がした。男の声だった。

「それ、拾われたんですか?」

 顔を上げると、制服を着込んだ若い男が立っていた。さっき席に来た車掌だ。いつの間にか、もやは視界から消えていた。

「まあ、今さら手放しても遅いですがね。あなたが拾ったので、もう『所有権』は移ってしまいました」
「友人の落し物を拾っただけですよ」
「いえいえ。あなたが盗んだなどと言っているのではありませんよ。むしろ彼女が少し抜けていただけです。
 せっかく『残る方の世界』にいられたのに、かわいそうに」

 その言い方に少しトゲを感じたが、同時に、由香の姿が見えないことにも気付く。つい今まで目の前にいたのに。まるでこの車掌と入れ替わるかのように影も形もなくなっていた。

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秋人

『新幹線と私』 第四話

カズちゃんは四時過ぎに東京駅に着くらしい。またよれよれの服を着て、冴えない笑顔で「やぁ」なんて言ってくるのだろうか。ママは迷惑そうな顔をしてたけど、ワタシはカズちゃんに会えるのがちょっと嬉しい。

でも、ちょっと嬉しいだけ。カズちゃんはきっといつものあいまいな顔を浮かべたままで、一晩うちに泊まってまたどこかへ行ってしまう。カズちゃんはカズちゃんだから、それは当たり前のことで、ワタシとカズちゃんの間に張った糸は切れもしないでただ伸びるだけみたいに。
とにかく、カズちゃんを迎えに行かないといけない。オシャレしすぎるとカズちゃんが困ってしまうかもしれないから、服は派手すぎないものに。

ワタシは着替えて玄関に降りた。靴箱の上のボトルシップ、安っぽいおみやげにしか見えないカズちゃんのおみやげ。行き場を無くして玄関をただよう。
「ボトルは資源ゴミで、中身は燃えるゴミかしら」
でもビンを割る勇気はなくて。

まだ時間はある。表の空気に体をなじませよう。栗色の薄手のコート、空気を吸ってワタシを冷やして。
駅前に行こうかしら。荷物なんてないからこのまま東京駅に行っても。冬が早く来ればいいのに。

灰色の空気、水色のそら。泣き出しそうなおうち、崩れそうなビル。落ち葉が自転車とすれちがってどこかに消える。カズちゃんが来る。
ママはカズちゃんにごはんを出して、パパはカズちゃんにビールを出すだろう。カズちゃんは少しだけビールを飲んで真っ赤になる。ワタシは、カズちゃんに出せるものはないけれど、何かを守らないといけない。ワタシとカズちゃんが会って、その後にできる何か。ふ、とすると壊れてしまいそうなもの。それを探しに駅前に行くわけじゃない。駅前に行っても何もない。足は駅前を向いているのだけど。

道端、アスファルトのオレンジの上、少女がこちらを見ている。不思議な子。目がほっぺについているような。

「消えるのよ、世界が」

「消えないわ、世界は」

耳から入った音がワタシの中で響いて口からあふれたような、おうむがえし。
言って、我にかえって、顔が熱くなって血管がジクジクするのがわかる。
少女はじっとワタシを見たまま。動かない。

「あ……ごめんなさい」

こらえきれず言ってしまった。ワタシ、悪くないのに。

と、少女の口もとが動いて、すっと目が細まった。笑っているのかしら。
少女はくるりと回って走りだす。足音をのこして。灰色の街をすべるように。

「あ……」

一歩、踏み出そうとした時、湿っぽい風に吹かれたような重さを感じると視界が真っ黒いもやに覆われた。

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落渕

『新幹線と私』 第三話

あたしがやってきた時には、隣の席の男性はサングラスとイヤホンを着けたまま寝ていた。
周りはあまり気にする質ではないので、そのまま座ってバッグから携帯を取り出す。

「……ん?」

さっきまでメールでやり取りしていた博多の友人からの返信が入ってない。
彼女の性格からして、即座に返信してからあたしの反応をやきもきしながら待つのが常なんだけれど。

まあ大した話をしていたわけじゃないし、ちょっと居眠りしてもいいかもしれない。
そう思ったところに、かすかに音漏れしたビートルズの曲が聞こえてきて、
あたしはハッとして隣の男性の顔を見つめてしまった。

昔あたしの恋人だったひとの好きな曲だったから。女子高の、先輩の。
目の前の「男性」は、彼女と瓜二つの顔をしていた。

そんなつもりは無かったんだけれど、もしかしたら思わず声をあげてしまっていたのかも知れない。
その人はゆっくりと目を開いて、こちらを見た。ぱちぱちと瞬きをして、あたしの顔を凝視する。

「……えっ、由香ちゃん!?」

「せ、先輩……」

愛するひとの昔と変わらない美しいアルトの声を聞いて、思わずあたしの目から涙が零れた。
感極まって抱きつくと、先輩は優しく抱きしめ返してくれた。

 * * *

気持ちが落ち着いてからも、先輩の控えめなバストの感触をしばらく堪能していたのは秘密だ。

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ラナクター

『新幹線と私』 第二話

 ハンカチを咥えたまま手をバシャバシャやっていると、ホームから発車を知らせるベルが聞こえてきた。私は少し慌てて濡れた手を拭い、自分の座席に戻るためデッキを足早に通り抜ける。

 ふと、視界に人影を感じて立ち止まった。

 見ると、今まさに閉まったばかりの乗降口の小さな窓に貼りつくようにして、中年男性が一人、外の風景を眺めていた。――いや、風景というよりも、ホームに居る誰かを目で追っていると言ったほうが正確かもしれない。列車が加速していくに従って後ろに流されていく博多駅の姿を追い続ける、うだつの上がらない感じの男性。

「……?」

 誰か見送りにでも来ているのだろうか。ほんの少し気になって窓に視線を向けるが、彼自身が邪魔になってよく見えない。すぐに私は興味を失い、大阪までの旅路を自分の座席でゆったりと過ごすという当初のプランに戻ることにした。

 席に着いて、改めて周りを見渡した。乗車率は6割といったところか。着ていたコートを窓脇のフックにかけると、ポケットをまさぐってポータブルプレイヤーを取り出す。イヤホンを着けるとお気に入りの曲を呼び出した。ザ・ビートルズの「Long and Winding Road」。友人には若いくせに趣味がおじさん臭いと言われることもあるが、私は気にしないことにしている。ゆったりとしたメロディが流れだし、私を静かな眠りの世界へと誘った。


  君の扉へと続く
  長く曲がりくねった道
  それは決して消えることなく
  たびたび現われては
  この場所へ僕を連れ戻す
  どうか君の扉へと導いてくれ……


 ぐん、という僅かな抵抗を感じて、窓の外を暗黒が覆った。……何のことはない。トンネルだ。博多から小倉、そして関門海峡を越えた先の新下関までは比較的トンネルが多い。どうせ車窓の眺めをゆっくり味わう事はできないのだから、このまましばらく眠ってしまおう。

「お休みのところ、失礼いたします。乗車券、特急券を拝見いたします」

 その声が自分に対して掛けられてものだと、しばらく気付けずにいた。顔を上げると、私の顔を覗き込んでいた若い車掌と目が合う。まどろみを邪魔された不快感が表情に出ないようにしながら、私はチケットを渡した。彼はチケットを確認すると、ありがとうございます、とお決まりの返答をしてチケットを返して寄越す。

「よい旅を」

 最後に車掌はそう口にした。それを待っていたかのように列車はトンネルを抜け、視界に鮮やかな景色が広がった。

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秋人

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