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『新幹線と私』 第八話

これは例えば、こんな話だ。

ある国の王子様が遠い国の王女様に恋をした。
二人は一度会ったその時から恋に落ちた。
お互いの姿を見詰め合うだけで心の底から満たされた。
二人の世界は完全だった。お互いがお互いを必要としていた。

しかし二人は決して結ばれてはならなかった。
王女はこの世界の光の元素の皇女であり、
王子はこの世界の闇の元素の王だったから。
二人が触れ合うことは、この世界の消滅を意味した。
光と闇が混ざり合えば、光も闇もなくなり、
物事の輪郭線が全て崩壊し、もはや何者も形を保てなくなる。

王子の周りには常に影があった。
影は王子を守り、あらゆるものに形を変え、王女から王子を遠ざけた。
しかし、それでもなお、王子と王女は求め合った。
それは世界の法則のようでさえあるかのような強い強い力だった。
その度に世界は危機に瀕した。

影は考えた。恋と言う幻想を打ち破るには、
やはり同じ幻想を持ってしかないと。
影は一つの世界を作り上げた。
それは地球と言う丸い国の上で、人類という種族が繁栄する物語だ。
そこには何百億という人間が暮らしている。
そこに王子と王女の意識を縛り付ける。
王子を巧みに誘導しつつ、
何千回という転生と圧倒的な現実が、王子と王女の恋を消し去るまで、
縛り続ける。

しかし、この千一回目の転生は王子と王子が非常に親しい関係にあった。
これまでに何回もニアミスを繰り返し、その度に影は奔走し、
直接の接触を回避した。

その中で影はこれまでにない力が地上に干渉しているのを感じた。
王子と王女を近づけようとする第三の勢力がある。
それは常に王子の周りにまとわりつき、影の力を妨害する。
一旦、首尾よく遠ざけてもすぐに近づいて来る。
影の力をもってしてリンチにしようとしても、
手をすり抜けては王子の元に辿りつこうとする。
あいつは何者だ?

それは、影に取り込まれない力の元素を持っており、
それを王子に渡そうとしている。
影はその元素の正体をつかむことができない。
どうやらその元素に影の力を跳ね返す力がある。
そんな元素があるなど聞いたこともない。だとするとそれは、
影自身が作り上げたこの世界の中で新しく生成された元素のようだ。

けれど今度という今度は許しはしない。
そいつを丸ごと影の中に取り込んで闇に溶かしてしまおう、
影はそう決意した。

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御夜優(みやゆう) @miyayou


『新幹線と私』 第七話

眠りから覚めるように、最初にやって来たのは"方向"の感覚。
あっちは明るい、こっちは暗い。
あっちは軽い、こっちは重い。
あっちは暖かい、こっちは寒い。


目も見えない、音も聞こえない。でも明るさは分かる、遠くのざわめきは聞こえる。
ここは暗い、静かな場所。あっちにいるのは……きっとカズちゃんだ。

「振り返るな」

知らず言葉が漏れていた。口はないのに声が出るような、不思議な感じ。
そう、ワタシは今、カズちゃんの方を向いている。それは変わっていない。いつだってそうだった。ワタシのする事は変わらない。

「会いたい」

そう

「行かなきゃ」

世界が形を取り戻す。灰色の世界。広くて小さくてかなしい世界。ここでは何かが終わりかけていて、でも、まだワタシがここにいて。なんでだろう……。

「悩むことも、悲しむこともないよ」

声をかけられた。あの娘。そうだった、あの娘を追いかけようとして……。

「あなたは、もう消えた。それは覆せない事実よ。でも、悩むことも悲しむこともない。世界そのものがこれに飲み込まれようとしている。時間の問題なのよ。あなたの家族も、好きな人も、みんな等しく消えるの」

この少女は、今のワタシでもよく"見える"。この娘は人間じゃないんだ。

「これは世界そのものの死。人類全ての終わり。失ったものを嘆くのは生き残った者の仕事でしょう。悲しむのは私。消えるのはあなた。さようなら、きっとあなたのことは忘れないわ」

「時間」

「え?」

「時間は、残っているの?」

悲しい、苦しい、痛い、そんな感情のかけらが心の隅っこに沈んでしまって、ワタシの感覚はカズちゃんのいる場所とこことの距離をずっと測ろうとしている。ずっと近くて、ずっと遠い。会ったら何て言えばいいんだろう。

「今、ここに時間なんてないの。あなたは今消えていて、もう瞬きをする間にもいなくなってしまうのよ」

違う。
違う。
この娘は分かっていないんだ。時間はないのかもしれない、もう終わっているのかもしれない。でも、すぐ近くにあるものなんだ。ただ手を伸ばすだけでいい、ただ想うだけでいいんだ。
世界は終わろうとしている、ワタシは終わろうとしている、でも、そう簡単に終わり切れるわけないじゃない。

ワタシは、顔のない顔を"あっち"に向けて、脚のない脚で地面を蹴って、ただ、走った。行き先は分かってる。ただ真っ直ぐに。目のない目でこの小さな世界を見つめて。邪魔なビルは、邪魔と思った瞬間に消えていた。悲しみはそこに置いて、ワタシは走る。もっと速く? とっさに、視界の隅から自転車を飛ばしてみた。

「やだ、泥棒みたい……」

そうだ、ここからは坂道。学校に行く途中のあの坂みたいに。位置エネルギー。ワタシはあるべき所に帰るんだ。
灰色の街、霞む線、にじむ景色。バカみたい、ワタシ、カズちゃんに何て言えばいいのかわからない。

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落渕

『新幹線と私』 第六話

私のコインケースを先輩が拾った瞬間、視界が黒い靄に包まれた。
漆黒に染まった世界の中で、私に届くのはあの男の声だけ。

「いやはや、前代未聞ですね。『候補者』がこんな形で『あれ』を失うのは。あと一歩というところだったのに」

さんざんに聞き飽きた、厭味ったらしい声。

「ですが、どんな理由であれ『あれ』を失った者は次に必ず同じことを言うのですよ。もう一度だけチャンスをくれ、次はうまくやってみせると」

あの男が唇の端を歪めているのが眼に浮かぶようだ。

「そう、あなたがたはいつも同じです。そして私の返答もいつも同じ。『候補者』に与えられるチャンスは一度だけ。それを失った者は、選ばれなかった世界と共に消え去るのみ」

いまきっとあの男は、天を抱くように大仰に腕を広げているに違いない。

「あなたがた人間を、だから私は----」

「私は、チャンスを無駄にしていない」

「……は?」

鬱陶しい演説を私が遮ると、あの男が止まった……と思う。ささやかな復讐だ。

「先輩に『あれ』を渡せた。それは奇跡みたいな偶然よ。私は消えても、先輩はあの世界に残ることができる。それは素敵なことだわ」

決して貫けない暗闇の中で、あの男が後ずさったのが分かる。

「わざと……わざと、『あれ』を渡したというのですか!? ただ、かつて愛していたというだけの理由で」

「ええ」

そう、私は後悔していない。これが私の愛。これが私の贖罪。

「分かっているのですか、あなたは!? これは死ではない、抹消だ。あなたの存在だけではなく、あなたが存在したという事実自体が世界から消える。たとえ彼女が最後まで残ったところで、彼女の記憶からあなたは消える。それでもあなたはっ」

声が途切れた。だが今度は、あの男が止まったわけじゃない。
止まったのは私。
私の、存在。

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ラナクター

『新幹線と私』 第五話

 再会の喜びをひとしきり噛み締めた後、由香はようやく私から体を離した。

 高校卒業以来、彼女とは会っていなかった。何年ぶりになるのだろうか。最初の驚きと興奮が過ぎ去ると、後はただ濃密な過去が私の頭のあたりにまとわり付くようだった。

 かつて、私は彼女を愛していた。そして、私は彼女を憎んでいた。

「ごめんなさいっ、つい興奮しちゃって……」
「いや……私も同じだよ。こんなところで会うなんて」
「なんか、先輩……」
「ん?」

 彼女は、一瞬迷ったように言いよどむ。

「どうしてそんなカッコを?」

 相変わらずだ、この娘は昔からこうなのだ。歯に衣を着せないとはよく言った。

 ここで身の上話をする気にはなれなかったので、折よく彼女の携帯から着信メロディが流れだしたとき、私は正直ほっとしていた。

「あ、ごめんなさい」

 由香は少し慌てて席を立つ。その拍子に彼女のバッグから何かが私の足元に落ちた。パステルカラーに小さく花柄のあしらわれた、やや子どもっぽい、可愛らしいコインケース。新幹線のチケットがちらりと覗いている。

 私は反射的にそれを拾い上げた。

 その瞬間、視界が黒いもやのようなもので覆われた気がして、慌てて頭を振った。そのもやは呼吸をしていた。鼓動が聞こえる。訳もわからず全身の産毛がぞっと逆立った。

 不意に頭上から声がした。男の声だった。

「それ、拾われたんですか?」

 顔を上げると、制服を着込んだ若い男が立っていた。さっき席に来た車掌だ。いつの間にか、もやは視界から消えていた。

「まあ、今さら手放しても遅いですがね。あなたが拾ったので、もう『所有権』は移ってしまいました」
「友人の落し物を拾っただけですよ」
「いえいえ。あなたが盗んだなどと言っているのではありませんよ。むしろ彼女が少し抜けていただけです。
 せっかく『残る方の世界』にいられたのに、かわいそうに」

 その言い方に少しトゲを感じたが、同時に、由香の姿が見えないことにも気付く。つい今まで目の前にいたのに。まるでこの車掌と入れ替わるかのように影も形もなくなっていた。

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秋人

『新幹線と私』 第四話

カズちゃんは四時過ぎに東京駅に着くらしい。またよれよれの服を着て、冴えない笑顔で「やぁ」なんて言ってくるのだろうか。ママは迷惑そうな顔をしてたけど、ワタシはカズちゃんに会えるのがちょっと嬉しい。

でも、ちょっと嬉しいだけ。カズちゃんはきっといつものあいまいな顔を浮かべたままで、一晩うちに泊まってまたどこかへ行ってしまう。カズちゃんはカズちゃんだから、それは当たり前のことで、ワタシとカズちゃんの間に張った糸は切れもしないでただ伸びるだけみたいに。
とにかく、カズちゃんを迎えに行かないといけない。オシャレしすぎるとカズちゃんが困ってしまうかもしれないから、服は派手すぎないものに。

ワタシは着替えて玄関に降りた。靴箱の上のボトルシップ、安っぽいおみやげにしか見えないカズちゃんのおみやげ。行き場を無くして玄関をただよう。
「ボトルは資源ゴミで、中身は燃えるゴミかしら」
でもビンを割る勇気はなくて。

まだ時間はある。表の空気に体をなじませよう。栗色の薄手のコート、空気を吸ってワタシを冷やして。
駅前に行こうかしら。荷物なんてないからこのまま東京駅に行っても。冬が早く来ればいいのに。

灰色の空気、水色のそら。泣き出しそうなおうち、崩れそうなビル。落ち葉が自転車とすれちがってどこかに消える。カズちゃんが来る。
ママはカズちゃんにごはんを出して、パパはカズちゃんにビールを出すだろう。カズちゃんは少しだけビールを飲んで真っ赤になる。ワタシは、カズちゃんに出せるものはないけれど、何かを守らないといけない。ワタシとカズちゃんが会って、その後にできる何か。ふ、とすると壊れてしまいそうなもの。それを探しに駅前に行くわけじゃない。駅前に行っても何もない。足は駅前を向いているのだけど。

道端、アスファルトのオレンジの上、少女がこちらを見ている。不思議な子。目がほっぺについているような。

「消えるのよ、世界が」

「消えないわ、世界は」

耳から入った音がワタシの中で響いて口からあふれたような、おうむがえし。
言って、我にかえって、顔が熱くなって血管がジクジクするのがわかる。
少女はじっとワタシを見たまま。動かない。

「あ……ごめんなさい」

こらえきれず言ってしまった。ワタシ、悪くないのに。

と、少女の口もとが動いて、すっと目が細まった。笑っているのかしら。
少女はくるりと回って走りだす。足音をのこして。灰色の街をすべるように。

「あ……」

一歩、踏み出そうとした時、湿っぽい風に吹かれたような重さを感じると視界が真っ黒いもやに覆われた。

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落渕

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